相続の開始

○相続の発生原因

1.死亡

 相続は人の死亡によって開始します。ここでいう「人」とは「自然人(生きている人間)」を指し、会社などのような「法人」は含まれません。法人は解散することはありますが、死亡することはないからです。

 また、「死亡」については日本の法律では明確な定義は書かれておらず、医師が死亡していると判断すれば死亡していることになります。ちなみに、災害報道などでよく「心肺停止」という用語が使用されますが、これは、心臓も呼吸(肺)も停止して意識がなくなり、死が目前に迫っている状態や、すでに実質的には死亡している状態のことです。ただし、医師が心肺停止に加えて瞳孔散大を確認して「死亡」の診断しない限り、死亡したことにはなりません。

 また、いわゆる「脳死」について、日本において法的に脳死と認められるのは、臓器移植法に基づいて臓器提供のために法的脳死判定を行った場合のみに限られるため、単に臨床的に脳死状態(脳幹を含む全脳の機能が不可逆的に停止するに至った状態)とされても、それだけでは法的に死亡とはみなされません。

2.隠居

 戦前の日本では「隠居(いんきょ)」といって、戸主が生前に家督(家の財産)を家督相続人(おもに長男であることが多い)に相続させる制度がありました。しかし、戦後に制定された日本国憲法が昭和22年5月3日に施行されてからは、隠居制度は廃止されています。

 もっとも、不動産の名義が100年以上も変更されないまま放置されているような場合、その所有者として登記されている人(登記名義人)はすでに隠居したり死亡したりしていることが多いのですが、相続はその名義人が死亡もしくは隠居したときの法律が適用されるため、現在でも隠居を原因として不動産の相続登記(名義変更)を申請することがあります。

 なお、隠居の場合は、戦前のいわゆる「旧民法」に基づいて家督相続人が決まります。そのため、現代の民法とは相続人や相続分がまったく異なりますので、注意が必要です。

3.失踪宣告

 ある人が行方不明となり、その生死が明らかでないときには、その行方不明者を死亡したものとみなして相続を開始させる「失踪宣告(しっそうせんこく)」という制度があります。

 失踪宣告には「普通失踪」と「特別失踪」の2種類があります。特別失踪というのは、戦争に行った、沈没した船舶に乗船していた、その他死亡の原因となるような危難に遭遇した者が、戦争や危難が終わってから1年以上経っても生還せず、かといって遺体も発見されないような場合の制度です。これに対し、普通失踪というのは、そのような特別な危難に遭遇したわけではないが、もう7年以上も行方不明で生死も明らかでない場合の制度で、世間でいう「蒸発」のようなイメージで考えてもらえばいいのかもしれません。

 失踪宣告の申し立ては、利害関係人(不在者の配偶者、相続人にあたる者、財産管理人、受遺者など)が、行方不明者の過去の住所地や居所地の家庭裁判所に対して行います。申し立てを受けた家庭裁判所は、家庭裁判所調査官による調査や官報公告、裁判所の掲示板での催告などを行い、それでも不在者が発見されなかったり名乗り出なかった場合に、失踪宣告をします。

 失踪宣告を受けた者は、特別失踪の場合には、戦争が終結したりその危難が去ったりした時に死亡したものとみなされます。これに対し、普通失踪の場合には、失踪から7年間が経過した時に死亡したものとみなされます。これにより失踪者について相続が開始し、配偶者との婚姻関係も解消します。

 ただし、失踪宣告は、行方不明者の音信が途絶えた最後の地での法律関係を清算する制度ですので、失踪宣告を受けた行方不明者が、実際には他の地域で生存しており、そこでアパートを借りて住んでいたり、預金口座を開設していたりしていたとしても、その権利関係には影響は及びません。

4.認定死亡

 失踪宣告と似た制度として「認定死亡」というものもあります。これは、水難、火災その他の事変によって死亡したことが確実とみられるが、遺体を確認できないような場合に、その取り調べを行った官公署が死亡地の市町村長に死亡の報告をすることによって行われるものです。認定死亡がなされると、法律上は死亡したものとされますので、死亡者の婚姻は解消され、相続が開始されます。その際、失踪宣告の特別失踪とは異なり、1年間の失踪期間や家庭裁判所の宣告は不要で、死亡の効力は即座に生じます。

 また、2011年3月の東日本大震災においては、地震や津波によって多くの方が亡くなり、あるいは行方不明になってしまいましたが、この震災による行方不明者については、3ヶ月間生死が不明な場合、または、3ヶ月以内に死亡が明らかになったが、死亡日がはっきりしない場合には、地震の発生日(3月11日)に死亡したものと推定するという特別法が成立しています。

○同時死亡の推定

 遺産相続では、複数の親族が同じ日に死亡してしまった場合、死亡した時刻の前後によって相続人や法定相続分が異なることがあります。

 例えば、夫Aと妻Bと一人息子C(独身・子なし)の3人家族で、夫Aと息子Cが交通事故によって、二人とも同じ日に亡くなってしまったとします。このとき、Aは即死で、Cは病院に担ぎ込まれてから数時間後に死亡したとします。この場合、CはAが死亡した時点ではまだ生きているので、Aの遺産は妻であるBが2分の1を、子であるCが2分の1を相続します。そして、それから数時間後に死亡したCの遺産については、Cには配偶者も子もいないので直系尊属が相続人となりますが、Cが死亡した時点では父であるAはすでにこの世にいないので、母であるBがすべてを相続することになります。なお、Cの遺産には、Cが死亡する直前にAから相続した2分の1の遺産も含まれるので、結局、Bは自分の夫であるAの遺産のすべてと、息子であるCの遺産のすべてを相続することになります。

 一方、これとは逆に、Cが即死で、Aは病院に担ぎ込まれてから数時間後に死亡したとします。この場合、CはAが死亡した時点ではすでにこの世にいないので、Aの遺産は妻であるBが3分の2を、Aの父母(直系尊属)が3分の1を相続します。そして、即死したCの遺産については、AはCが死亡した時点ではまだ生きているので、Cの父母であるAとBが各2分の1を相続します。ところが、その後にAも死亡しているため、Cの遺産の2分の1はAの遺産と一緒に、前述の通り相続されます。つまり、Bはそのままでは自分の夫であるAの遺産のすべてと、息子であるCの遺産のすべてを相続することはできないことになります。

 ちなみに、戸籍謄本では、出生や婚姻、離婚などについては、その年月日は記載されますが、時刻までは記載されません。しかし、死亡については年月日だけではなく、その時刻まで記載されます。これは、死亡の前後関係を明確にするためです。

 しかし、現実には、事件や事故、戦争や災害によって複数の人が同じ日に死亡した場合、どちらが先に死亡したのかが判明しないこともあります。このような場合、これらの者は同時に死亡したものと推定して、相続人や法定相続分を確定させます。これを「同時死亡の推定」といいます。

 したがって、前述の例で、AとCのどちらが先に死亡したのかがわからない場合は、同時に死亡したものと考えます。そして、その場合の遺産相続については、同時に死亡した者同士ではお互いに相続人とはならないので、Aの遺産は妻であるBが3分の2を、Aの父母(直系尊属)が3分の1を相続します。つまり、Aの遺産相続についてはCが先に死亡した場合と同じ結果となります。しかし、Cの遺産については母であるBがすべてを相続することになり、Aが先に死亡した場合と同じ結果になります。

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